宇祖田都子の短歌の話

森羅万象を三十一音に

大晦日108首チャレンジ2023 完走報告

はじめに

準備については、だいたい前回のブログに書いた通りです。

12×9=108

 家にあった12人の歌集から一首ずつを選び、その世界観で九首ずつ短歌を作っていきます。その際、せっかく12首を引いてくるのでそれぞれを1月から12月に割り当て歌を作る手がかりにします。割り当ては「歌集」を本棚から取り出してきた順番。短歌は、それぞれの月に会いそうなものを選んでみました。
 前回のブログに書きながら準備が間に合わなかったのは「マンダラート」によるワード収集でした。時間もなく、出てくる言葉が似通いすぎてきているので、発想法については考え直す時期かもしれません。
 変わりに、各月のテーマとなる短歌のイメージを決めて、それを作歌の手がかりとしました。(以下の【】で囲んだのがそれです)

たにゆめ杯4の報告

 12月30日に「たにゆめ杯4」の結果発表があり、選外となりました。入賞作を読んでみて「連作」であることの意味を、きちんとつきつめなければと思いました。

 
 今回の108首の場合も、同一テーマの短歌を並べただけなので「連作」とは言えないものです。一首一首で成立し、かつ流れの上で緩急をつけ、全体として「世界観」を提出できなければ「連作」ではない。と今はこの程度の理解です。2024年からの課題となると思いますが、今は、「連作」は無理かもな、というのが正直なところです。わたしはストーリーが苦手なので、そういう流れを断ち切りたくなってしまうのです。
 時系列ではなく群像劇的な「連作」が可能であれば、そういう方向を目指したいと思っています。(たにゆめ杯4への参加作品につきましてはまた)

#大晦日108首チャレンジ2023

2023年12月31日 午前0:14-午後0:41(※色付の歌は気に入った短歌です)

1月 『一握の砂・悲しき玩具』 石川啄木
≪あたらしき心もとめて/名も知らぬ/街など今日もさまよひて来ぬ≫ 【漂白】

001.なにもかも忘れればいい実家にも開けたことない引き出しがある

002.バス停にバスが居たから乗っただけ 生理学的反応でしょう

003.現金と覚悟は少しポケットに下着みたいなエコバック所持

004.今買える往復切符に本日の世界の果てを決めてもらおう

005.有形の命の重さヒーターの壊れたバスのお尻が熱い

006.自動改札機をワープする切符から失われてゆく信仰

007.ショッピングモールの駐車場だけの青空とその青空の嘘

008.落書きのように書かれたこの街の掟は全て錆びてしまって

009.ただいまパキラ ただいま冷蔵庫の卵 ただいま何も変わらない人類

2月 『寺山修司青春歌集』 寺山修司
≪日あたりし非常口にて一本の釘を拾いぬ誰にも言わじ≫ 【啓示】

010.学校の池の魔物は十年に一度自転車の鍵を呑む

011.知っていた? 実習棟の西側の防火扉はいつでも熱い

012.「天国に一番近いドア」という落書きを毎日消す係

013.神よ、ビル風に吹かれて飛ぶかつてビニール傘だった概念よ

014.スクランブル交差点なら出目金を横抱きのまま掬ってあげる

015.すごく光るけどありふれていて神様がそこにいるからズル休みする

016.人形と同じ名前のイマジナリーフレンドと同じ名前のわたし

017.言えないようなことをしようよ法律も詩も哲学もはみ出すような

018.へえこれが五寸釘なのシロナガスクジラと同じサイズ感だね

3月 『ラインマーカーズ』 穂村弘
≪サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい≫ 【誤魔化し】

019.終電を乗り越してくる酔っ払いのためにルーベンスの絵を飾る

020.結婚を卒業したという風の便りの消印は二年前

021.「ご通行中の皆様ご一緒に、小さな悩みを育てませんか?」

023.文机の隠し扉の鍵付きのヤツは読まれてもいい日記

024.コードレスイヤホンからは心臓の音だけがして今日も幸せ

025.近頃はサランラップに手がかりを残す空き巣と一緒にいます

026.二回目のデートでキリンのどこが好き?なんて聞くのね見直しちゃった

027.恋愛か妄想かって聞かれてもバナナが好きなあなたが好きよ

4月 『七月の心臓(抄)』兵庫ユカ
≪青いのは苦手だけれど思い出の糊代として空を残した≫ 【祈り】

028.制服の内ポケットで昨晩のスペースデブリのかけらが熱い

029.駅前で花占いを繰り返し葉っぱばかりの花束だった

030.告白を断られたら屋上にある首塚を訪れなさい

031.お別れのチェキの余白に「さよなら」と書いて「またね」は書かずに返す

032.湧き水の噂を聞いて杣道をゆけば古びたオルガンに着く

033.夜が明ける前が一番寒いってオタマジャクシが熱弁してる

034.春空に花粉が舞えばケセラセラケセラセラって許してしまう

035.最後だといえばたくさん来てくれる地球最後の日はUFOが

036.楽団の休憩中にフルートが義務を離れての風に鳴る音

5月 『百年後 嵐のように恋がしたいとあなたは言い 実際嵐になった すべてがこわれわたしたちはそれを見た』 野村日魚子
≪殺されて死ぬのだけはいや何万もの架空のみずうみとその火事≫ 【ビジョン】

037.いい季節 野良犬は乾いているし本当の夏はまだ少し先

038.暑いねと渚に足を濡らしても心まではまだ踏み込ませない

039.簡単ねBGMの波音に負けて渚と名付けるなんて

040.見たことのない湖を想像しルート検索してから眠る

041.野良猫がきれいな町の図書館のエリック・クラプトンのCD

042.高架橋とアンダーパスを繰り返し世界の裾をまつり縫いする

043.生贄を屠る祭壇かのようにジャングルジムは真東を向く

044.あかちゃんができたみたいに歩くから梅雨の季節は無口になるね

045.ぐしゃぐしゃのビニール傘に祝福をガードレールに絆創膏を

6月 『チョコレート革命』 俵万智
≪別れ話を抱えて君に会いにゆくこんな日も吾は「晴れ女」なり≫ 【自虐】

046.住所不定無色は色が無い無色あなたのものにしてくださいな

047.天気予報半日ずれて雨晴れて濡れた砂丘に亀を見に行く

048.真夜中にギターを弾いて怒られてギターを弾いてまた怒られる

049.雨ならば雨女だし晴ならば晴女です曇りは休み

050.「会いたい」という言葉には「わたしも」と送り返せば済む日曜日

051.「ドライフラワーキレイですね」とキラキラの後輩クンは切り花みたい

052.クリスマスから正月にかけバイトシフトを増やすわたしの「年末調整」

053.長梅雨はため息交じりリフレッシュできなくもない土日の予定

054.自分では解けなくていい知恵の輪にゆるく護られながら生きてる

7月 『イマジナシオン』 toron*
≪風を編む手つきできみがこれまでに鳴らした楽器を教えてくれる≫ 【カミングアウト】

055.コーヒーに砂糖はいくつかと聞かれコーヒーって何?と聞けずに溶ける

056.検索をすればだいたいバレるから二か月ごとに名前を変える

057.裏庭を時々走る雉の雄あれがあなたのミッシングリンク

058.経験を積めばわかるよ隠し事しているときにラッキョウは駄目

059.蹄鉄を見慣れた人に見せたとき小さいねって思ってる顔

060.夏なのでノースリーブを着るように秘密を一つ解き放ちます

061.浮遊霊なら1自縛霊なら9生霊ならば♯7を

062.夏の夜のお墓や学校以外でも肝試しなら毎日してる

063.吹き渡る風が奏でる吊り橋の旋律がみな短調なこと

064.せせらぎで冷やされている西瓜にも西瓜太郎がいる世界線

8月 『風のアンダースタディ』 鈴木美紀子
車いす押して海辺を歩きたい記憶喪失のあなたを乗せて≫ 【呪い】

065.忘れることは怖くないけど怖くないことを忘れることが怖いの

066.彼岸花を増やしています堤防は葬列のためだけの道です

067.十分に駄目になったら実家まで訪ねてきてね留守がちだけど

068.経由地に遮断機の無い踏切を多めに選ぶ運命論者

069.この夏もカーブミラーに映らない地蔵が塞ぐ焼き場への道

070.夢にみる坂道がある繰り返し何か手放す感触もある

071.水際まで向かう裸足の足跡の最後の一つがとっても浅い

072.来年もまた来るからと手を振れど振り返す人だになき故郷

9月 『アーの」ようなカー』 寺井奈緒
≪つなぎ目の向こうの車両のひとたちが少しズレつつ揺れている朝≫ 【違和感】

073.電柱の間隔が狭まっていく地球を広くみせるトリック

074.昨日まではちょうちょが嫌い今朝からはキャベツが嫌いという成長期

075.ペアリングが切れそうになりさまざまな角度を試す心と身体

076.吸盤でつける床屋のカレンダー定休日には必ず落ちる

077.信号に差し掛かるたび黄色から赤になるのでパプリカと呼ぶ

078.住む人がもうなくなった実家にも喪中はがきは毎年届く

079.絶対に背中に羽が生えてきた感じでラジオ体操をする

080.本家にて猟銃免許をもつ伯父に何か撃たせてもらった記憶

081.付き合っていた人が棲む病院の簡易ベッドの軋んだ夜更け

10月 『馬場あき子全集 第2巻 歌集②』 馬場あき子
≪柿の木に梯子をかけし朝より杉やけやきの孤独は深し≫ 【愁い】

082.放課後の日暮れが早い缶蹴りの鬼を抜けられないまま寒い

083.柿の木を次々伐って工場を建てた実家に柿を送りぬ

084.両親を早く亡くして子もおらず狭い世界を静かに作る

085.ペアリング済んでないのにどこやらのホラー映画の音が聞こえる

086.五億円あれば憂いもなく暮らす五千万円なんていらない

087.何事も中途半端が仇となる永代供養までが遠足

088.涙にも嘘と本当があるらしくAサンブルとBサンプルで

089.ナマ中はそろそろやめてジャズにするオスカーピーターソンをロックで

090.たくさんの人が死んでも続いてく世界にあまり未練はなくて

11月 『北原白秋 集より 桐の花』
≪霊(たましひ)の薄き瞳を見るごとし時雨の朝の小さき自鳴鐘(めざまし)≫ 【ささめき】

091.iPad一枚壊れランダムにアラーム鳴らす年末年始

092.明け方にそっと布団を捲ってはカマキリの子が謝ってくる

093.占い師ふらり立ち寄りこの家に猫がいますねなどと言ひたり

094.雪として降ってきたのに雪のまま着地できずに舌打ちしてる

095.ひまわりを覚えているかあの夏と共に殺したひまわりたちを

096.ヌートリア通報係を拝命し着ぐるみ用の採寸をする

097.いつどこで誰と飲んだか忘れてる人生初の生グァバジュース

098.久々に32bitパソコンでDVDをギュリギュリと焼く

099.ゆく川の水の流れは絶えずしてへその緒を持つ最後の世代

12月 『ピクニック』 宇都宮敦
≪耳が鳴るくらいのさびしさをあげる 雪はとおくの街で降ってる≫ 【別れ】

100.12年ぶりに箱から取り出せば意外に長い辰の人形

101.全員が固定電話で済ませてた時代とあまり変わらない夢

102.わかるけど嫌なんですよアマゾンの箱によく似た笑い方とか

103.日曜の夜のホームで生き別れ金曜の夜に再び出会う

104.白菜とお餅があれば一週間程度は生きていられる身体

105.真夜中に氏子総代馬に乗りお山の池が凍ったと告ぐ

106.正月の三連戦に一房のバナナが一軍登録される

107.年越しのたびに捨て去るものがあるしだいに軽くしていくための

108.雪さえもめったに降らぬこの土地の冬はみかんとこたつの季節

以上

おわりに

 というわけで、今年も無事完走できました。後半、ねばりが足りなくなってきたきらいはありますが、ともかく108首作るのが目的です、よしとします。
 2023年はとくに、好きな短歌が作れず困りました。世界とのかかわりの中に「短歌」が足りなかったせいだと思っています。
 2024年は、少しでも好きな短歌が作れるようになりたいと思います。
それではみなさま、よいお年をお迎えください。