宇祖田都子の短歌の話

森羅万象を三十一音に

煩悩短歌推敲指南 一

KISARAGIというメルマガに、最近連載を始めました。その内容を、こちらに少しずつまとめていこうと思います。

タイトルは「煩悩短歌推敲指南」といいます。「指南」といっても、自分で自分の短歌を詠み直してみようということです。本当にもう、わたしのためだけの……

直す短歌は、昨年12月31日の108首チャレンジで詠んだ短歌です。(ブログ掲載済みです)

これを週刊のメルマガで二首ずつ直せば、だいたい一年で108首直すことができる計算になります(……よね?)

そして、来るべき2021年12月31日の108首チャレンジに備えよう、という企画です。

それでは001~006までの煩悩短歌を直してみましょう。

001

忘れ来し何かあらむと思えども何不自由なく終わる休日

あらむ(あるだろう)、か、あらね(ないだろう)。終わる(自然の流れで終わる)、か、終えし(自らの意思で終わらせた、を含む) か。を迷いましたが、意味はあまり変わりませんね。

石川啄木さん的な内容の短歌です。何不自由ない、がいくぶん反語的に響けばという思いはありました。「なんだ、こんなものか」というふてくされた感じでしょうか。今、詠みなおすなら、

マンスリー手帳の今日に斜線引くバッテンにするのは忍びなく 宇祖田都子

002

聞き返す癖ある人と話す時思い浮かべる空地の土管

思考の焦点としてのは「怒り」ということで、何か言うたびに聞き返される煩わしさ、徒労感、はい、もうどうでもいいです。という苛立ちが詠めればと思いました。

問題となるのは「空地の土管」ですね。ドラえもんや、サザエさんの空地にはお馴染みの風物詩ですが、このような土管を想像できる人がどれだけいるだろうか、という点と、「空地の土管」が「聞き返す人」か、「聞き返されていることに対して」か、どちらから生じた想像なのかが曖昧です。

が、その曖昧さはわたしは自分でヨシとしていて、土管の空っぽさ、冷たさ、ごろりとただ寝転んでいるだけの風情、頑丈さ、そういった属性と、ある種のノスタルジーをないまぜにした上で、想起される「空地の土管」であればいいなと思いました。

何度でも時を戻そう「えっ? 何?」と言われるたび何度でも何度でも

 宇祖田都子

003

犯行の一部始終を記録しぬ防犯カメラの防犯意識

「する」(サ変)の連用形「し」に非作為行為の完了を示す「ぬ」で、「しぬ」としてありますが、現在時制の「記録す」くらいでいいように思います。ことさら時間を区切る必要のない歌意に、音数あわせのため不要な時間を入れたところがよくないかと思われます。

 犯行の一部始終を凝視して防犯カメラは朝を迎える 宇祖田都子

004

枕辺に眼鏡手探りせし時のカンブリア紀の海の濃度よ

寝起きの、しだい鮮明になっていく意識は、そのまま身体の密度になっていくことを、生命大爆発のカンブリア紀になぞらえました。メガネをかけるまでの形をなさない「原始の生命」の濃度まで表せていたかどうか。

 春暁のメガネを探す手のひらはアノマロカリスの名残をとゞむ

 宇祖田都子

005

ストーブを点け初む朝の懐かしき匂ひは父の骨上げに似き

骨上げの匂い。それは水に溶かすとブクブクと泡を立てて溶けていく固形サイダーの匂いに似ていたような気がします。父が亡くなったのは六月でした。焼き場で骨を見るとき、わたしは「炭酸カルシウム」という言葉と、それがタブレット状になっているモノを、「シュワシュワ」というオノマトペと一緒に思い浮かべます。ストーブを点け初む時の匂ひは、やはり冬で、それは父ではなく母のイメージでした。この短歌の失敗は、煩悩に寄せようとして、それにそぐわぬ情景を当てはめたところにあったと思います。

ストーブを点け初む朝の懐かしき匂ひに母の在りし日の歌 宇祖田都子

006

朝寒にストーブ点けし時の香は父母健在の世界線かも

005を直した歌に似た情景です。このときの気持ちは、やはりこちらに寄っていたのだということがわかります。ここに父が出てくるのは、005を引きずっていたのだと思います。母を亡くして、3年ほどで父も亡くし、両親の葬儀の段取りや借金の始末などに奔走してふと気づくと、わたしは両親がこの家にいた当時の記憶のほとんどを失っていることに気づいたのでした。喪の仕事とは、悲しみを思い出に変えるためにあり、むしろ忙しくしている時間がファストエイドとして機能し、同時に、社会とのつながりを保って、周囲もまた見守ることができるものだったのでしょう。となれば、わたしのこの忘却は過剰防衛なのかもしれず、欠落は欠落のまま大きな口を開けたままなのかもしれません。

 朝寒の炎立ちたるストーブに母が好みし焼き蜜柑の香 宇祖田都子

以上です。

こんな感じで進めていこうと思っています。どうぞよろしくお願いします。宇祖田都子でした。